この小説を読む前の私は、特に強い目的を持って生きていたわけじゃなかった。
毎日はそれなりに過ぎていくし、大きな不満もない。
ただ、どこかで深呼吸を忘れたまま生活してるような、そんな感じだった。
未来について考えるときも、楽しみより“嫌な可能性”のほうが先に浮かんでくるタイプだった。
起きていない出来事に怯えて、やらない言い訳を丁寧に作っては、「まあ、無理することでもないし」と自分に言い聞かせていた。
安全で穏やか。でも、どこか薄い日々。
そんな状態で「街とその不確かな壁」を読み始めた。
最初は世界観にも文章にも距離を感じたけど、気づいたらその静かな奥行きに引き込まれていた。
この作品って派手に感情を揺さぶるわけじゃないのに、読んでいると心の奥のほうがじんわり温度を変えてくる感じがある。
登場人物たちは強くない。
迷いながら、立ち止まりながら、それでも前を向こうとする。
その姿が妙にリアルで、読んでいる側の記憶や感情まで引きずり出される。
この物語には、「割り切れなさ」や「説明できない痛み」がそのまま置かれている。
たぶん、この世界ではすべてを理解したり整理したりすることなんてできなくて、
それでも人は、何か大切なものを守るために歩き続けるしかない。
読み終えたとき、気づいたら考え方が少し変わっていた。
未来を怖がって息を潜めるんじゃなくて、ちゃんと参加して生きたい――そんな気持ちが生まれていた。
もちろん、今でも不安はある。
傷つくのは正直いやだ。
でも、こう思えるようになった。
**「怖いからやめておく」じゃなくて、
**「怖いけど、それでも進みたい」って。
作品って時々、人生に静かにハシゴをかけてくれることがある。
この小説は、私にとってそういう本だった。
街とその不確かな壁 村上春樹


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