人はなぜ、誰かのために嘘をつくのか。
そして、ただ知らなかっただけのものが、知った瞬間に面白く見えてくるのはなぜだろうか。
直木賞を受賞した『藍を継ぐ海』は、五つの短編からなる作品だ。
この小説を読んで強く印象に残ったのは、
「知識に触れる面白さ」と「相手を思いやる行動」の二つだった。
知らなかった世界に出会う体験
まず印象的だったのは、知識に触れる面白さだ。
「夢化けの島」では地質や陶芸、
「狼犬ダイアリー」ではニホンオオカミ、
「祈りの破片」では原爆と岩石の関係、
「星隕つ駅逓」では隕石、
「藍を継ぐ海」ではウミガメの生態。
どれも普段なら触れることのない分野だが、
物語の中で“意味を持って登場する”ことで、不思議と興味を引かれてしまう。
知識を押し付けられるのではなく、
物語の中で自然に拾っていく感覚が心地よかった。
小説の面白さとともに、これまで知らなかった世界に触れられる点も、この作品の魅力だと感じた。
『藍を継ぐ海』で知った、アカウミガメの物語
以前、お遍路をしたときに『藍を継ぐ海』にも登場する日和佐うみがめ博物館カレッタに立ち寄った。
たしかにアカウミガメの写真は撮っていた。でも当時はほとんど興味がなく、記憶に残っているのは、お腹にコバンザメを張りつけたタイマイの姿くらいだった。
いま改めて写真を見返してみると、そのとき興味を持たなかった理由もなんとなくわかる。正直、かなり地味だ。


ところが、作中でこんな事実を知った。
アカウミガメの子ガメは海流に乗って外洋へ出て太平洋を渡り、カリフォルニア沖で10年以上を過ごす。やがて成長すると海流をさかのぼって日本近海へ戻り、さらに時間をかけて成熟する。
そして繁殖期になると、自分が生まれた浜へ帰って産卵する。いわゆる「母浜回帰」だ。
では、なぜそんな長い旅ができるのか。
鍵は地磁気にある。ウミガメは体内に方位磁針のような感覚を持ち、方角や緯度を読み取っているという。
もしこの知識を当時持っていたら、きっと素通りなんてしなかっただろう。もっと敬意のこもった目で、アカウミガメを見つめていたはずだ。
少し、もったいないことをした。
知識がひとつ加わるだけで、同じ景色がまるで別のものに見えてくる。さっきまで何気なく通り過ぎていたものに意味や背景が見えるようになり、見え方そのものが静かに書き換えられていくのだと、あらためて思う。
思いやりから生まれたやさしい嘘に、しんみりする
もう一つ強く印象に残ったのが、人のやさしさである。
どの章にも、誰かが誰かを助け、かばい、そっと支えている場面がある。
そこにあるのは派手な善意ではなく、ごく自然ににじみ出る思いやりだ。その多くは相手を思う気持ちから生まれているが、決して大げさに語られることはない。むしろ、何気ない日常の一コマのようにさらりと描かれているところに、この物語の奥行きがある。
作中では、誰かのために嘘をつく場面もいくつか描かれる。
「星隕つ駅逓」では父に生きがいを持たせるための嘘があり、『藍を継ぐ海』でも少女をかばうために嘘がつかれる。どれも声高に正当化されることはなく、静かに差し出される選択としてそこにある。
それらは一般的に“悪いこと”とされる嘘ではなく、相手の人生や心を守ろうとする行為として描かれている。そのため読んでいるうちに、善悪の線引きそのものが少し揺らぐ感覚さえある。この作品は、「正しさ」よりも「優しさ」を選ぶ瞬間を、押しつけることなく、さりげなく描いているように感じた。
つまらないと閉じた本に、あとから響いた
正直に言うと、この小説の良さに気づくのは少し難しかった。
読んでいる途中も、読み終えた直後も、その地味さゆえに魅力をうまく掴めなかった。
ドラマチックな展開があるわけでもなく、物語は淡々と情景を描いていく。
強く心を揺さぶる場面も、表立っては現れない。
けれど、読後に思い返すうちに、登場人物たちが皆、誰かを思いやりながら生きていることに気づいた。
その瞬間、この小説の良さが遅れてじんわりと沁みてきた。












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