2022年9月29日
日本には「察する」という文化がある。 正直、これまで、あまり好きにはなれなかった。
「察してもらって当たり前」「察してくれない方が悪い」 そんな風に、誰かの甘えや身勝手な期待の道具として使われる場面を、何度も見てきたからだ。
それなのに、この日の日記の冒頭には、まるで忘れてはいけないもののように、こう書き留められていた。
海を見て、思わず立ち止まった。 空と海。その境目のない広がりに、空海が歩んだ道の途方もなさを感じる。
この圧倒的な青を前にして、ふと、こんな想いが胸をかすめた。
本来「察する」ということは、もっと静かな、純度の高いやさしさなのではないだろうか。
それは、本人が自覚することもなく、ましてや見返りなど微塵も考えずに放たれた、さりげない行動や言葉。 けれど、その静かな思いやりに触れた側にとっては、心底救われるような、大きな感謝がこみ上げてくるもの。
22番平等寺|歩き始めの身体と、癒しの寺
朝食は、宿の女将さんからお接待でいただいたマーガリンロールとバナナ。

朝7時すぎに民宿を出発し、まずは昨日17時を過ぎてしまい参拝できなかった22番札所・平等寺へ向かった。宿からは歩いて5分ほどだった。

平等寺は、空海が「あらゆる人々の心と身体の病を平等に癒し去る」という誓いを立てて建てた寺だという。
次に向かう薬王寺もそうだが、「医王」という言葉がお寺の名前に入っている。調べてみると、薬師如来の別称として使われていることを知った。
手水舎には草花が浮かべられていて、見ているだけで涼やかな気持ちになる。

本堂まではそれなりに階段があるが、まだ歩き始めたばかりなので足取りは軽い。昨日だったら、きっと這うようにして登っていたと思う。

23番薬王寺|徳島最後の道で、考えさせられたこと
続いて、23番札所・薬王寺へ向かう。
平等寺を出た直後は曇り空だったが、歩いているうちに次第に青空が広がり、気持ちのいい天気になってきた。
歩きながら聞いた、心残りのない生き方
のどかな田舎道を進んでいると、昨日、ブルース・リー風の服を着ていた、同じ宿に泊まっていたおじいちゃんと再会した。

72歳。若い頃は海上保安庁に勤め、海図を作る仕事をしていたという。
脊椎間狭窄症を患い、手術と入院を経験。入院中に患部が炎症を起こし、数か月間まったく動けなかったそうだ。
「もう、いつ死んでもおかしくないからね。心残りのないようにしてるんだよ」
そう、淡々と話していた。
けれど、そんな大病をしたとは思えないほど、足取りはしっかりしている。
「そんなに悲観しなくてもいいんじゃないですか?」と声をかけると、
「いや、全然だめなんだよ」と、穏やかに返ってきた。
大病をしたことのない私には、その苦しさを本当の意味で想像することはできないのだろう。
人生は有限で、健康はいつ失われるかわからない。
できるうちにやりたいことをやらなければ、「あのときできたのに」と後悔することになる。
その言葉を聞いて、人生が有限だという当たり前の事実が、静かに胸に残った。
おじいちゃんは区切り打ちで、今回は薬王寺まで。
明日、日和佐駅から帰る予定だという。
薬王寺へ向かう道は二つある。
距離は短いが景色が単調な国道55号沿いの山側ルートと、少し遠回りになるが景色のいい海側ルートだ。
私は途中で水族館に寄りたかったので、海沿いの道を行くことにした。
おじいちゃんは山側ルートへ。ここでお別れだ。
平等寺と薬王寺、二つの本尊である薬師如来が、おじいちゃんの健康をきっと見守ってくれるだろう。
このブログを書いている今、あれから3年が経った。
元気に結願されているといいな、と思う。
潮風の中で、自分の声が返ってきた
昨日、一昨日の雨が嘘のように、空はすっかり晴れ渡っていた。
海が見えた瞬間、胸がいっぱいになった。
空と海。その境目のない広がりを前にして、空海がこの景色を見て自らを「空海」と名づけるほど心を打たれた気持ちが、ほんの少しだけわかった気がした。気づけば、涙がにじんでいた。

海沿いのコースは、農道から始まり、海岸線、集落、そして山道へと、景色が次々に変わっていく。歩いていて、本当に楽しい道だった。

しばらくすると、男性5〜6人の遍路グループに追いついた。
荷物の大きなお遍路さん、美脚お遍路さん、ドイツ人お遍路さん。これまで道中で顔を合わせた人たちが、勢ぞろいしている。その中の、サンドウィッチマンの伊達さんに似たお遍路さんが、「天空ブランコ、寄った?」と声をかけてきた。
行っていないと答えると、「あそこ行かないのはもったいない。戻ってでも見たほうがいい」と力説される。正直、通り過ぎた場所に戻る気はなかった。少し自慢話のようにも聞こえて、気分が沈んだ。

「人の振り見て我が振り直せ」という言葉が、ふと頭に浮かぶ。
さっき自分も、おじいちゃんにスペインのカミーノを歩いた話や、次はネパールのアンナプルナに行きたい、などと熱心に話していた。健康に不安のあるおじいちゃんには、あれはどんなふうに聞こえていたのだろう。私と同じように、自慢話に聞こえていたのかもしれない。
行き先が同じなので、しばらくの間、このグループと一緒に歩くことになった。

戻らない景色 | 日和佐うみがめ博物館カレッタ
途中で、日和佐うみがめ博物館カレッタに立ち寄った。
ここで、ようやく遍路グループと別れることができた。
館内では、ウミガメが何匹も優雅に泳いでいる。
コバンザメが亀のお腹に張り付いている姿が、どこかのんびりしていて面白い。

あれほど大きな亀が、産卵のためにこの砂浜まで戻ってくるという。
北海道育ちの私には、その光景がどうしても現実味を帯びなかった。
展示されていた、昔の大浜の写真に足が止まる。
砂浜で、子どもがウミガメの甲羅にまたがっている。
1950年以前に撮られた写真だそうだ。
まるで浦島太郎の絵本の中の一場面を見ているようだった。

この海も、この砂浜も、昔と同じようにそこにある。
けれど、同じ景色はもう戻ってこない。
そんなことを考えながら、私はしばらく写真の前を離れられなかった。

23番薬王寺|発心の道場、徳島最後の石段
いったん今日の宿に荷物を置き、身軽になって23番札所・薬王寺へ向かう。到着したのは15時過ぎ。

薬王寺は「発心の道場」と呼ばれる徳島最後の霊場だ。
街の中にありながら、山の斜面に沿って伽藍が広がり、境内からは日和佐の街と海が見渡せる。参拝者も多く、遍路姿の人だけでなく、観光客の姿も目立ち、どこか開けた明るさがあった。
境内に足を踏み入れると、長い石段が続いている。
朝、平等寺では軽々と登れた階段も、すでに20キロ以上歩いた足には堪える。一段一段、身体を持ち上げるようにして進む。息が上がり、太ももがじんわりと痛む。

それでも、振り返ると視界がひらけ、街と海が遠くに広がっている。その景色に背中を押されるように、また一段、また一段と登った。
にぎやかさの中に、巡礼の区切りを感じさせる不思議な静けさもあって、ここが徳島最後の札所なのだと、あらためて実感した。

壱 the hostel|久しぶりのベッドと阿波尾鶏を選んだ夜
今日の宿は「壱 the hostel」。
美脚お遍路さんと同じ宿だった。
いったん宿に戻り、自転車を借りて買い物へ出る。久しぶりに街らしい街で、ドラッグストアもある。歩いている途中、少し足首をひねってしまったので、念のためサポーターを購入。ついでにお菓子なども買った。
帰り道、銭湯へ向かう荷物の大きなお遍路さんにばったり会う。今夜はみんなで夕食を食べるから一緒にどうか、と誘われた。
「同宿の美脚お遍路さんにも伝えておいて」と頼まれる。
宿に戻ると、美脚お遍路さんは共用スペースで晩酌中だった。

おつまみはきれいに盛り付けられていて、さりげなくセンスがいい。夕食の話をすると、すでに宿併設のバーで頼んでいるとのことだった。
私も、夕食のお店がドイツ人お遍路さんチョイスのカフェ風の店だと聞き、今日はパンよりご飯の気分だったので、今回はお誘いを断ることにした。
夜は、宿の近くにある「ひわさ屋」で阿波尾鶏のカツを食べた。定食屋が近くにあって助かった。
おいしかったけれど、正直なところ、ほかの鶏との違いはよくわからなかった。

チェックインのとき、ほかにも若い自転車旅の女性がいたが、姿を見かけない。
「あの女性、どこに行ったんですかね?」と聞くと、美脚お遍路さんは
「俺のせいかな。俺を見て宿変えたのかも」
と言って、思わず笑ってしまった。
久しぶりのベッドは、スプリングの効いたマットレスで、とても寝心地がよかった。

2022年9月29日木曜日
22番平等寺~23番薬王寺
歩行距離 約26km
所要時間 6時間40分
使ったお金6,495円 8日目までの合計 54,398円
・交通費 0円
・宿泊費 2,402円(壱 the hostel 素泊まり)
・洗濯代 300円(洗濯 200円、乾燥100円 30分)
・食 費 1,505円/菓子105円、ひわさ屋 阿波尾鶏カツ定食1,400円
・御朱印 600円(22-23番)
・その他 1,688円/日和佐うみがめ博物館610円、足首サポーター1,078円


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