通夜堂では、正直ほとんど眠れた気がしなかった。
前日に泊まった「もりあん」は、夜になると肌寒いくらいだったので、
「もう秋に入ったのかな」なんて思っていたのだけど、
どうやら山の近くだったから涼しかっただけらしい。
井戸寺の通夜堂はというと、
昼間に溜め込んだ熱をそのままキープした状態。
暑い。とにかく暑い。
目を閉じては開きを、何度も繰り返した。
それでも扇風機があったのは本当にありがたかった。
通夜堂明けの朝から土砂降りまで|歩き遍路、試される一日
なかなか寝付けず、
「今何時だろう」と何度も時計を見た気がするが、
気づいたら意識は飛んでいたようで、
5時の携帯アラームで目を覚ました。
身支度を整え、6時に出発。

井戸寺から次の札所までの道のり
通夜堂の中は蒸し暑かったが、外に出ると空気がひんやりしている。
日が昇ったばかりの朝の空気は、それだけで少し元気をくれる。
のどかな田園風景の中を、ゆっくり歩く。
畑仕事をしている農家の方や、犬の散歩中の人と軽く言葉を交わす。
ほんの一言二言のやり取りだけど、自然と気持ちが和ぐ。
「ああ、今お遍路を歩いているんだな」と実感する瞬間だ。

田園地帯を抜けると、地蔵越遍路道に入った。
街を出てすぐだし、ハイキングコースみたいなものだろうと
勝手に想像していたのだけど、これが意外とワイルド。

道は荒れ気味で、朝の薄暗さも相まって少し不安になる。
ただ、普通の道路と何度も交差しているし、
道しるべも分かりやすい。
慎重に進めば、迷うことはなかった。

とはいえ、時間が早いせいか、他に歩いている人は誰もいない。
薄暗い山道を一人で歩いていると、
「幽霊はいないよね……?」と、いらない想像が頭をよぎる。
この遍路道を抜けると、今度は延々と幹線道路。
見渡す限りコンクリート、横を車がビュンビュン通り過ぎる。
気も休まらず、景色も変わらず、正直かなり退屈だ。
考えることもなく、ただ黙々と歩く。

18番恩山寺 また会ってしまう人
恩山寺に着いたのは11時半ごろ。
朝6時に歩き始めて、気づけばもう5時間以上が経っていた。

そこでまた、昨日も一昨日も見かけた
やたらと荷物の大きい男性と遭遇する。
今日の宿の話になり、予約の電話をしようとしたのだけど、
恩山寺の境内は電波が弱く、私のスマホはあっさり圏外。
するとその男性が、懐からガラケーを取り出し、
「これなら繋がるよ」と差し出してくれた。
おかげで宿の予約は無事完了。
お礼に電話代として100円を渡す。
すると彼は、ためらうこともなく、すっと受け取った。
「いやいや、こんなの要らないよ」と
一応は言われるものだと思っていたので、
その潔さに、少しだけ拍子抜けする。
……そして、ふと思う。
悪い人ではない。
でも、なぜか行く先々で必ず顔を合わせる。
その距離感が、じわじわと憂鬱になってきた。
19番 立江寺 再会が嬉しい人、少し憂鬱になる人
恩山寺から立江寺までは、1時間もかからなかった。

立江寺では、あのときリポビタンDをくれたおじさんと再会した。
昨日、大日寺まで抜きつ抜かれつしながら歩いたお遍路さんだ。
こうして何度も顔を合わせていると、不思議と仲間意識が芽生えてくる。
彼はドイツ出身で、娘さんが日本人と結婚し、その結婚式に出席するため来日したという。
せっかく日本に来たのだからと、ビザの期限いっぱいまでお遍路をすることにしたそうだ。
このドイツ人のおじさんと再会できたのは、素直にうれしかった。
同じ道を歩く「仲間」だと自然に思えたからだ。
それに比べて、さっきの荷物の大きい男性には、顔を合わせるたびになぜか気が重くなる。
同じように遍路をしているだけなのに、感じ方はまったく違う。
この差は何なのだろうと、自分でも少し不思議に思った。
立江寺を出て土砂降り
空は次第に怪しい色に変わっていった。
立江寺を出て15分ほどで、ついに雨が落ちてくる。
それは初日の雨とは比べものにならないほどの土砂降りだった。
歩道にはあっという間に水が溜まり、くるぶしまで浸かるほど。
とてもそのまま歩ける状態ではない。
仕方なく、歩道と車道の境にある縁石の上を、バランスを取りながら進む。
こんな歩き方をしたのは、小学生の頃以来かもしれない。
遍路では、お接待で車に乗せてもらえることもあると聞く。
正直、「誰か乗せてくれないかな」と期待しながら歩いた。
けれど、通り過ぎていく車は、どれも減速することなく素通りだった。

やがて雷が鳴り始め、雨脚はさらに強まる。
全身ずぶ濡れになりながら歩き続け、
1時間半ほど経って、ようやく雨は小降りになった。
この日の宿は「ふれあいの里さかもと」。
道の駅「ひなの里・かつうら」まで迎えに来てくれるという。
そこまで、雨の中をさらに歩いて約2時間半。
ようやく道の駅にたどり着いたとき、
「本当に長かった…」と、思わず声が漏れた。
あまりに空腹で、道の駅で買ったバナナを2本一気食い。
体が、正直に喜んでいるのがはっきり分かった。
感謝を思い出した夜、「ふれあいの里さかもと」
宿の車に乗って、今日の宿へ向かう。
体感ではすぐ着きそうだったのに、10分以上かかり、思っていたよりずっと遠かった。
宿の女性はとても気配りの行き届いた方で、
靴に詰める新聞紙やタオルをさっと用意してくれる。
「機械室は暖かいから、靴はここで乾かしてくださいね」
そう言って案内してくれた場所には、カッパやバックパックを干せるロープまであった。
昨日は汗だくのまま通夜堂泊で風呂なし。
今日はさらに追い打ちの土砂降りで、全身ずぶ濡れ。
そんな状態で入る、この宿のお風呂は反則級だった。
広い浴槽に体を沈めた瞬間、
「ああ……生き返った……」
声に出さなくても、全身がそう言っていた。
部屋は広く、シーツはパリッとしていて清潔。
昨日の環境と比べると、何もかもが天国に思える。
まともな食事にありつけたのも、実に1日半ぶりだった。

料理はどれも美味しく、特に揚げたてで出してくれた天ぷらは感動もの。
デザートまでついていて、心から「幸せだな」と思った。

洗濯機も乾燥機もあり、服も靴下も、気持ちいいくらいカラッと乾いた。
最悪だった気分は、ここで一気に回復。
熱いお風呂、清潔な布団、美味しい食事。
普段の生活では、ここまでありがたく感じることはなかなかない。
雨の中、空腹でずぶ濡れになりながら歩いてきたからこそ、
この「当たり前」がどれほど贅沢なことなのかを思い知らされた。
いつの間にか、感謝する気持ちがすっかり鈍っていたんだな。
※ふれあいの里さかもとは2025年9月末に閉業とのこと。すごくいい宿だったので残念です。
2022年9月27日火曜日
18番恩山寺~19番立江寺
歩行距離 約28km
所要時間 8時間44分
使ったお金7,680円 5日目までの合計 42,626円
・交通費 0円
・宿泊費 6,560円(1泊夕食付、明日の昼食用おにぎり)
・洗濯代 220円(洗濯、乾燥)
・食 費 200円/バナナ
・御朱印 600円(18-19番)
・その他 電話代100円


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